今日は待ちに待った大晦日。
 毎年、寂しい思いで迎えていたオレの誕生日。
 今年は忘年会という名目で、飲みに誘われていた。
 もちろん言いだしっぺは本多だ。
 本当は8課だけの予定だった。たまたまMGNに訪れた際、片桐課長が話の種として御堂さんに告げたところ、 珍しく乗り気で参加表明をしてきた。
 いつも通り片桐さんはにこにこして、御堂さんの参加を歓迎していた。
 本多だけは、最後まで不服そうだったけど。
 当の本人の御堂さんにも聞こえるような声で、ぶつぶつ言っていたけど全員聞こえないふりをした。
 オレは、御堂さんの参加が楽しみだった。
 別に祝ってくれるとかじゃなくても、みんなで過ごせるのはとても嬉しい。
 まあ、ちょっと心配だけど……。
 そんな心配はさておき、オレは柄にもなく張り切っていた。
 そのおかげか早めに仕事が上がったので、一旦アパートへ戻っていた。

「おい」
「うーん、どの服にしよう。このままスーツ……? でもなあ」
 クローゼットから何着か適当に引っ張り出してみるが、決め手にかける。
 そういえば最近洋服も買ってないしな。
 思い出すと気分が沈む。
 原因は、眼鏡を掛けた<俺>。
 またあいつがクレジットカードを使いすぎたらしく、明細が酷いことになっていた。
 大体、オレに内緒で何を買ってるんだよ……。
 少し苛立ち、乱暴に服を探す。
「御堂さんは出先から直行するらしいし、オレもスーツでいいかな」
 そう思って服を仕舞おうとしたとき、クローゼットの奥に見慣れない紙袋があった。
 薄暗くてよく見えないけど、大掃除した時にはこんなものはなかった気がする。
「あれ、なんだこれ……?」
 そう思って手に取ろうとしたとき、強い力で後ろに引っ張られた。
「うわっ」
 バランスを崩して、後頭部から倒れそうになる。そんなオレを包むように、両腕が差し出された。
 温もりが触れた。
 一瞬何が起こったのかわからず、オレはそのままの姿勢で呆然としていた。
 落ち着いて、ゆっくりと振り返る。
 そこにいたのは、<俺>こと眼鏡をかけた佐伯克哉――オレ自身だった。
「えええええ――!」
 な、なんでお前がここにいるんだよ!
 そういいたかったけど、驚きすぎて声が出ない。
 <俺>は不敵な笑みを浮かべていた。
 やや低めのトーンで、オレの耳元で囁く。
「さっきから呼んでやっているのに、無視しているほうが悪い」
 少し苛立っているような声。
 そういえば何か聞こえたような気もするけど、考え事に夢中になっていたせいか大して気にもとめていなかった。
「あ……ごめん」
 上目遣いに<俺>を見上げると、その顔がほくそ笑む。
「『考え事に夢中になっていたから、気にも留めなかった』か。お前らしいな」
 そう呟くと<俺>は、くくっと声をあげて笑った。
 思考を読まれて、つい顔が火照る。
「そ、そんなわけないじゃないか! たまたまだよ」
 どんな言い訳も必要ないのは分かっていたのに、オレは無駄な足掻きをする。
 だってオレは<俺>なんだから。
「そうだ」
 <俺>は言い切ると、くるっとオレを自分の方へ向けた。
 眼鏡をかけ、スーツを着た<俺>の姿が目に入る。
 自信たっぷりの不敵な態度も威圧感も、すべてがオレに欠けているものだった。
 レンズ越しに覗くその視線が、オレ自身を鋭く貫いた。
 オレ自身を覆っている服も心も――殻も、すべてが<俺>の前では何もかも見透かされているような感覚をおぼえる。
 相手はオレと同じ<俺>なのに、身動きがとれない。
 オレは<俺>だけど、お前のことがわからないのに……。
 なんでお前は、オレのことを理解しているんだろう。
「それはだな」
 含み笑いをすると同時に、<俺>が唇で口を塞いできた。舌で口をこじあけられ、そのまま舌を絡ませてくる。
 舌で歯列をなぞられると、意識が朦朧になってきた。同時に腰が砕け、すっと力が抜ける。<俺>の両腕に支えられ、なんとか立っていられる状態だった。
 無意識のうち自ずから口が開いて、<俺>を求めていた。
 うっすらと涙が浮かんで、オレはぼんやりと<俺>を見つめる。
――もっと。
 口を塞がれているから言葉にはならない。必死に目で訴える。
 だけど<俺>ならきっと分かって――。
 そのままベッドに押し倒される。シーツは冷え切っていて、肌に触れた瞬間鳥肌が立つ。
 スチールの硬い感触を背中に感じながら、オレは<俺>にしがみついた。
 少しでも温もりを感じるように、<俺>を求めるように。
 なぜか唇を放され、うっとりとしていたオレは困惑する。
 その<俺>の口から予想外の言葉が飛び出した。
「誕生日おめでとう、<オレ>」
 <俺>はオレの目を見つめながら、そう囁いた。
 驚いたのと嬉しいのと、いろいろな気持ちが混じりあって声にならなかった。
「どうした<オレ>?」
 こんなオレの気持ちなんて分かっているのに、わざと聞く俺>。
 本当に意地が悪い。
「分かっているくせに……」
 やけに恥ずかしくて、<俺>から目を逸らした。頬が熱い。
 でもこいつは、俺のこと祝ってくれているんだよな。そう思うと嬉しくなって、きちんと<俺>を見つめる。
「誕生日おめでとう<俺>」
 自分にできる精一杯の笑顔で、<俺>を祝う。
 一瞬、<俺>のびっくりした顔が見えた。その後ろにある時計が視界に入る。
「あー! もうこんな時間じゃないか」
 忘年会の開始時間が迫っていた。
「まだ着ていく服も決まってないのに、どうしよう……」
 ふと<俺>が立ち上がり、クローゼットから何かを取り出してきた。
 先ほどの紙袋だ。そのまま俺に放り投げてきたので、慌ててキャッチする。
「何だこれ?」
 中を覗くと、見慣れない服が入っていた。
「お前にだ」
 そういうとオレの前に立つ。その表情が少し和らいでいる気がする。
「オレに? これって……」
 思わず聞き返す。
「きちんと説明されないと分からないのか、お前は」
「いや……あの」
 少し不機嫌になった<俺>に気づき、慌てて言い繕う。
「お前からプレゼントをもらえるなんて――まあ自分からなんだけどさ」
 そこまで言って、<俺>の目をしっかり見つめる。
「嬉しいよ」
 本音だった。少し安堵したらしく、<俺>から肩の力が抜けたような気がした。
「相変わらず、お前のセンスには耐えられないからな」 
 眼鏡の位置を直すような仕草をしながら、<俺>は軽く笑みを浮かべて失礼なことを言ってくる。
「――オレもだよ」
 オレもわざと溜め息をつくふりをして、言い返す。
 二人で笑った。
「ってお前、この服……」
 紙袋の側面を見ると、誰でも知っているブランド名が書かれていた。
 高級志向の有名店。日本では伊勢島など、一部のデパートにしか存在しない店舗。
「まさか……この前のクレジット明細って……」
 オレが顔をあげると、<俺>はタバコに火をつけている最中だった。
 ゆっくりした動作で煙を吐いたあと、その口元が笑った。
 肯定の意味だ。
「信じられない……」
 愕然として、オレは肩を落とす。
 そんなオレの姿を見て、<俺>は煙草を咥えながらくくっと笑っていた。
 部屋は煙草の臭いで溢れていた。


END

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